おわりに(全ページ公開)
においは、健康のバロメーター。
各メディアで話題の『日本人はなぜ臭いと言われるのか』
「はじめに」「おわりに」を完全無料公開。
各章の一部も無料公開致します。
おわりには、種明しのようなものですが、執筆にあたっての思いや秘話、社会全体への展望を綴っています。
書籍の目次
はじめに――実は、臭い! ? 残念な日本人
第1章 「におい」を知る
第2章 「臭う」は、不健康
第3章 「口臭」の正体と、その対策
第4章 「体臭」をコントロールする
第5章 「香り」のデザイン――自分も周りも快くする
おわりに
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まず、自分のことを話そう。私は医師である。通常、医師は病気になった人を治すことが主な役割なのに対し、私の場合は、人が生活習慣病をはじめとした病気にならないようにサポートすることだと思っている。これは、小さな頃から、病気に人生を奪われた母親を身近にみてきた経験からだ。
日本人の多くが成人してから経験する病気は、いわゆる生活習慣病である。
2型糖尿病、脂質異常症、高血圧、脳梗塞、心筋梗塞、アレルギー疾患、それから、がんも含めて多くが、これに含まれる。遺伝的な要因もあるが、その遺伝子のスイッチを押して病気を起動するか起動しないかは、その人の生活習慣にかかっている。
生活とは、その人の日常の行動範囲の中にあり、生活習慣とは、その人の行動パターンの蓄積である。だから、生活習慣は、誰のものでもなく、自分自身のものなのだ。その意味で、生活習慣病は、自分自身の責任だ。ほとんどの患者さんは、このことをすっかり忘れている。
同時に、人は社会的な生き物だから、その生活は社会の中で営まれる。社会の中でどんな情報を得て、どんな欲望を持ち、どんな思考をし、どんな行動をするのか。どんな人と関わり、どんな会話をし、何に価値を感じ、どんな選択をし、買い、食べ、生きているのか。
戦後の昭和日本と、現代の日本では、人の生活習慣は全く違う。医療が発展しても生活習慣病が増加傾向だということは、社会的な病気として解決が必要だ。
だから、生活習慣病は、病院では治すことができない。この点において、医師は無力だ。いくら診察室で、「運動をしましょう」とか「あれを食べてはいけません」とか言っても、よほどのショックがなければ、人はなかなか価値観を変えられない。生活の場に戻ってしまうと自動的に都合の良い元の行動パターンを繰り返す。
そもそも、生活習慣病は、軽いうちは血液の異常だけで全く自覚がない。太ってきたとか、体の動きが鈍いとか、自分さえ「まぁ、いいか」と許せば、目をつぶることができる程度の軽い問題しか起きない。だから、貴重な時間を削ってまで、自分の楽しみを失ってまで、大切な人間関係を壊してまで、何かを変えようとは思わないことが多い。
本当は、健康なうちから、それを維持して欲しいのだが、健康な人はもっと無頓着だ。
しかし、医師は知っている。今の生活の先には、大きな病気があり、人生は全く変わってしまう。
この話をすると
「いやいや、我慢してまで生きたくない。ぴんぴんコロリで死ぬから、俺はいいんだよ」
という反論が返ってくることがしばしばだ。
甘い! そんなに簡単に死ねると思うのが、甘い。人はそんなに簡単に都合よく死ねない。死の前に、寝たきりの介護生活を心配するのが先である。家族も巻き込まれる。
その覚悟までできているのか。
と、そこまで言っても、多くの人は、喉元過ぎれば熱さを忘れ、元通りになる。
人は、自分自身に何か身につまされるネガティブな要素がないと、何かを変えようとはしない。どうしたら、伝わるのか…。悩んでいたところで、夫がヒントを持って帰ってきた。
それが、「におい」である。
我が家の夫も、元気過ぎて健康に無頓着な典型例であった。私の発信するヘルスケア情報など、興味がないから見向きもしない。世の中の奥さんが夫の不養生に悩んでいるが、我が家も同じ状況だったのだ。
その夫が、じつに気にしているのが、においだった。
「自分自身が臭いのが嫌だし、他人に嫌われたくもない。まだまだ、格好つけたい年齢なのに、加齢臭がするなんて最悪だ」と、思っているらしい。
そうだ、不快なにおいは、一種の生活習慣病だ。生活習慣病の人は、みんな同じように臭っている。ネガティブな要素はないと思っていたけど、臭いことは、実にネガティブなニュースだ。
においは自分事でありながら、自分事にとどめておくことができない。空気を通して伝わってしまうから、他人事でもある。
「自分は別に感じないから、まぁ、いいか」ではすまされない。他人に迷惑をかけると「スメハラ」などと言われて、加害者扱いされる。
自分の体に無頓着な人であっても、他人には迷惑をかけたくない、嫌われなくないという気持ちは強い。だから、もし自分が悪臭の発信源であれば、人のために、自分のにおいを何とかしたいというモチベーションになりうるのだ。
夫は、それまであまり私の言うことを聞かなかったけれども、においのネタは、刺さった。むしろ、ありがたがった。「においは、年のせいで、仕方ない」と思って諦めていたらしい。
そこに解決策が提示されて、光明が差したようだ。
「年のせいではなく、あなたの生活習慣が原因だ」と伝えると、「えーっ!」と、青ざめた。
「なんで早く教えてくれなかったんだ!」と、クレームまで言われた。急に目の色が変わり、ライフスタイルも変わった。体臭と同時に、メタボも解消できた。
「これを、多くの人に伝えるべきだ!」と熱心に言われて書いたのが、本書である。まずは、ご自分のにおいを解決するために役立ててほしい。
本書のもう一つの役割は、周りの大切な誰かのにおいを解決することだと思っている。
相手に不快臭を感じた人が勇気を持って指摘する時、その心は、臭いことについてのクレームというよりは、「どこか悪いんじゃないか?」と、健康について心配していることが多いのだという。近しい関係であれば、なおさら切実に思っているはずだ。
体について心配だけれど、不快臭がして気になるけれど、それが上手く伝わらない親や配偶者などに、そっと、本書を渡していただけたらと思う。近しい関係だと素直に聞けないことも、「医師が言うなら」、と、聞いてくれるかもしれない。私の医師免許は、そのためにあるようなものだ。皆様に、利用していただければ幸いだ。
時代は、大きくシフトしている。
個人主義に陥る一方で、平均化された消費者の欲望を煽って購買を促進してきた資本主義の時代から、多様性のある個と個がネットワークで繋がり、全体の利益や幸せを考え、そのために持続可能なシステムを作っていく時代へ進化しようとしている。
人の欲望も、個人の利益追求から全体の利益や繋がりの追求に、変わってきた。
だから、「健康」も、進化しなければならない。
人を個と考えるから、生活習慣病はなくならない。全体の中の一人として捉え直す必要がある。人は、家族、コミュニティ、社会。地球、さらには宇宙の中の一部だ。だから、個人を健康にしようと思うなら、家族、コミュニティ、社会、環境全体の健康まで考えなければならない。
モチベーションの源泉も、「自分が健康になりたい」という思いから、「自分が良くなれば、みんなが幸せになる」とか「誰かを元気にしたい、幸せにしたい」という思いに拡大していくと思う。
においから考えるヘルスケアは、その点で時代にマッチしていると思う。
においは、一個人の問題を超えて、周りやコミュニティにも影響を与える。「自分のために」だけでなく、「相手のために」を考えることになる。
多様性も重要だ。本来、人は、工場量産型の無個性な個人ではなく、万人が個性を発揮する多様性のある一人だ。だから、ヘルスケアも万人に共通する平均化された方法の「型はめ」ではなく、ライフスタイルや生活環境、遺伝子や腸内フローラなどの多様な違いについて、「オーダーメイド」に対応していく必要がある。
「全体性」と「多様性」。健康も、その視点にシフトしていくことで、ようやく実現していくと思う。
一方で、これまでの社会を作ってきたのは、一人一人の人間だ。
人の健康に悪いものや地球環境に悪いものを、広告のままに疑問に思わず、当たり前に消費する。多くの人が消費するから、巨大なマーケットは永遠に変わらない。
「消費者」と言われ、無自覚に利用される状況に甘んじることで、この社会を良しとし、創り上げてきた張本人となってしまった。
生活習慣病も同じだ。生活習慣病を作り、増やしたのは、自分たち自身だ。知らず知らずのうちに、毎日、選択を積み重ねた結果、自分自身で生み出したのが、生活習慣病だ。だから、被害者ではない。
そろそろ、被害者のふりをやめ、自分自身の価値に気づかなければならない。
人には、選択する自由がある。選択によって、社会を動かす力がある。創造する力がある。人は、非力な消費者でも、病気の被害者でもなく、もっと自由で賢明な創造者だ。
人を、「消費者」と呼ぶことはもうやめたい。消費者は、あくまでも巨大なマーケット中心の呼び名であり、生命の尊厳に対する敬意を欠いている。政治家の嘘も大企業の嘘も、見抜かれる時代である。人は、本質を求めている。
博報堂生活総合研究所は、「生活者」と呼んでいるが、私たちは、ヘルスケアが専門である。だから、そこに命の視点も加えて、「生活生命」と呼びたいと思う。
マーケット中心から、生命中心に、すべてを捉えなおす。
自分の軸をしっかり持ち、賢明に自分で選択し、自由でクリエイティブな生命は、輝き、躍動し、健康も自分で創造することができる。
その生命と生命のつながりが、ネットワークとなり、コミュニティを作り、健康的で持続可能な世界が実現するのではないだろうか。
時代は、進化している。
私たちも、
「進化しましょ。」
2018年5月 桐村里紗
おわりに、以上です。
はじめに(完全無料公開)
第1章 「におい」を知る(一部無料公開)
第2章 「臭う」は、不健康(一部無料公開)
第3章 「口臭」の正体と、その対策(一部無料公開)
第4章 「体臭」をコントロールする(一部無料公開)
第5章 「香り」のデザイン(一部無料公開)
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