お口の王国:口腔内細菌叢と口臭連合軍
お口は、私への入り口だ。
食べ物という私以外の異物が、最初に通過する第1関門だ。
HUNGRY?
お腹が鳴ろうが鳴るまいが、嗅覚を刺激され、生存本能と欲望が高まった私たちは、いとも簡単にその関門をぱっくりと開き、無防備に食べ物を受け入れる。
さて、その食べ物も吸い込む空気も、完全無菌ではない。
目に見えない細菌やウイルス、真菌(カビ)、原虫(ダニなど)など、諸々と一緒に口に運ばれる。
それなのに、私たちは日常的には、それらの外敵に侵入されて、風邪や肺炎などの感染症に簡単にかかることはない。
それは、目に見えないゲートキーパーとして、口腔内〜腸内までの消化管内に常在細菌叢(フローラ)がしっかりと守りを固めているからだ。
彼らは、上皮という防御壁の内側に敵(病原微生物)を侵入させないように必死に守っているのだ。
お口の中は、そんな彼らの王国である。
その世界を覗いてみよう。
お口の王国へ:口腔内フローラの世界
お口の王国の世界観
体全体を一つの銀河と考えてみよう。その一部であるお口の中は、一種の王国だ。
そこには、ティース山脈(歯)という高い山脈がある。
その山脈の周辺には、清らかな水(唾液)が湧き出る泉(唾液腺)があり、山々には、清流(唾液)が流れている。
ティース山脈には、深い谷(歯間)があり、さらに深い溝(歯周ポケット)がある。そこでしばしば流血を伴う戦い(歯周病菌と免疫細胞の戦い)が起こる。清流(唾液)には、この戦いを治める力がある。時に、その戦火(炎症)は、全銀河(全身)に飛び火し、他の王国(他の臓器)も荒らしてしまう。
王国の秩序と口臭連合軍
お口の王国に定住する細菌には、約400~700の種族がいる。
ケアがしっかりできている人の口腔内には、1000億~2000億個程度の常在細菌が定住している。彼らは、互いに助け合い、エサを分け合い、領土を分け合いながら、基本的には、お口という国家に暮らし、安全を守っている。
そのうち、10種族ほどが平和を乱す歯周病菌族であり、口臭連合軍だ。彼らは、治安が維持されているうちは、大人しく暮らしており悪さはしない。しかし、王国の清掃が行き届かない場合(ケア不足)や、清流が枯渇している場合(唾液分泌の低下)に、活気づく。
酸素が嫌いな彼らは、谷の奥の奥の溝(歯周ポケット)を好んで暮らし、そこで血液などのタンパク質をエサにして大増殖する。ケア不足の人のお口の中の細菌全体の数は、4000億〜6000億個にも増殖するとされている。
口臭連合軍は狡猾で、存在を守るために、他の菌たちを巧みに利用する。
菌たちは、ラグビーのスクラムようにがっちり手を組み、足場を作り(共凝集)、いわゆる歯垢=プラークとしてがっちりと山脈(歯)にへばりつき、どんどんと酸素の少ない谷の奥底に増殖し勢力を伸ばしていく。
種族のパワーバランスが変わり、歯周病菌族が勢力を増してくる。そこが、ザリガニ臭の元凶である「ザリガニの巣窟」になっていくのだ(『口臭の発生源・ザリガニの巣窟を一掃せよ!』を参照)
彼らのうちのいくつかの種族は、簡単に防御壁を突破する。
王国という細菌たちの世界と私という体内の世界を隔てる防御壁(歯茎の上皮細胞)を破り、あっという間に私の体内である血管内に侵入してしまう。
無菌でなければならないはずの体内に、細菌が侵入!!!
あっという間に、コンベア(血流)に運ばれて、全銀河(全身)に飛んでいく。そして、体内に侵入した歯周病菌族は、毒素(LPS)を武器にして細胞を傷めつける。
脳などの銀河にとって超重要な他の王国にも侵入し、暴れてしまう。
一大事!
それらをやっつけようとして体内のパトロール隊(免疫細胞)が戦闘モードに!
体内戦争(炎症反応)が全身で勃発する。それが、動脈硬化などの全身の疾患を引き起こしてしまう原因になるのだ。
ネアンデルタール人も歯周病
脈々と受け継がれる先祖代々の王国の治安
歯周病菌は、いわゆる感染症のように、不意に外から感染するものではない。上記でお伝えしたように、常にお口の中に定住している常在菌の一種だ。普段、街が平和であれば、彼らは大人しくしているが、街の清掃が行き届かず、不衛生になると、彼らの本性が剥き出しになり、環境を破壊し始める。
これらがどのように口に入って定住するようになったかといえば、脈々と受け継いできてからに他ならない。実は、ネアンデルタール人の化石からも歯周病菌に感染していたことが分かっている。歯周病菌は、主にタンパク質を餌にしている。だから、ネアンデルタール人のように肉食の頃に増え、農耕が盛んになる頃には、今度は糖が好きな虫歯菌が増え始めた。先祖から子孫へと口腔内の細菌は口を通して受け継がれ、私たちは、主に両親から歯周病菌、虫歯菌を含めた口腔内細菌を小さい頃に受け継いでいる。しかし、大人になってからキスでうつるタイプの歯周病菌もいる。
王国の治安は、先祖から子孫へ、そして近しい人に受け継がれている。
代表的な歯周病菌族
代表的な歯周病菌族を紹介しよう。長ったらしい名前なので、大抵頭文字の略語で呼ばれている。
①暴れる赤い連合隊:レッドコンプレックス
80年代の暴走族のようだが、レッドコンプレックスと呼ばれる歯周病と最も関係が深く特に歯周病を重症化させやすい細菌群がある。
- P.g菌:プロフィロモナス・ジンジバリス菌
- T.d菌:トレポネーマ・デンティコーラ
- T.f菌:タネレラ・フォーサイシス
これらの3種類は、重症な歯周病に関連する細菌の代表格だ。
以下の記事をご参考に。
②急速進行型の破壊神
- A.a菌:アクチノバチルス菌
A.a菌は、病原性が強く、重症な歯周病に関連していて、急速に進行する早期発症型や侵襲性の歯周病にも強く関与する細菌。この菌が検出されたら外科処置や抗菌療法も必要になる可能性が高い。
③オンナ好きな歯周病菌族
- P.i菌:プレボテラ・インターメディア
P.i菌は女性ホルモンに影響され、女性、特に妊娠期の歯周病からの検出率が高い。
④癌に至る強烈な口臭菌族
- F.n菌:フソバクテリウム・ヌクレオタム
F.n菌は、強い悪臭の原因であり、この細菌が検出されると必ずP.g. 菌とT.f. 菌も検出される。大腸がんや膵臓がんの発症や進展に関与するとの報告も。(『強い口臭の原因菌、大腸がんとの関連続々。除菌療法への応用も!?』参照)
王国を荒らす歯周病菌族は、みんなキャラが濃いから、それぞれに紹介していくわね。
暴れる赤い連合隊の親玉:P.g菌
お口のみみず集団:T.g菌