嗅覚、そして欲望と愛情と

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嗅覚、そして欲望と愛情と

五感は入力端子

人間をコンピューターに例えると、この世界の情報を入力する端子は、五感だ。シックスセンス=第六感も使っているが、それはちょっと置いておいて。

視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚の5つ。
言わずもがな、人においては視覚が第1。二足歩行を始めてからというもの人は遠くを見通して情報を得るために視覚を発達させてきた。
今や、視覚情報に87%頼っている。聴覚が7%、触覚が3%、嗅覚は2%、味覚が1%だ。

動物の嗅覚の驚くべき情報収集力

一方で、人間以外の動物で最重要なのは、嗅覚だ
地に這い駆ける動物たちは、周囲の状況のほとんどを嗅覚で察知する。
敵の接近や熟れた食料、発情期のメス…など、闘争・逃走行動や摂食行動、生殖行動のための基本情報として嗅覚に頼っている。
野生動物だけでない。
もはや文明化された生活をするペットの犬でさえも驚愕の嗅覚を持っている。

散歩に連れ出したワンコが、どこの誰とも知らぬ別のワンコがかけたであろうおしっこのシミ付きの電信柱のニオイを嗅ぎ回るとき、彼らは、他の犬の心身の生理的状態、立ち去ってからの時間、社会的な序列、最近の動向などの地域のワンココミュニティー内のあらゆる情報を得ている。

ナゼクサ先生
あたかも近所の事情通から聞く耳より情報やタウン誌を読むように情報を嗅覚から得ているのね。


他のワンコのおしっこを嗅ぐのって「汚ぁい!」って思ってたけど、重要なのね。

嗅覚は野生の脳を刺激する

これらの五感からの情報は、脳にいく神経(上行性ニューロン)を通って、脳にインプットされ、そこで過去の記憶やその他の情報などと統合され、価値観や判断基準のフィルターを通って情報処理される。
そして、感情や思考が出力され、そして、脳から末梢に行く神経下行性ニューロン)を通って電気信号が送られ、内臓や内分泌などの器官の生理的な働き骨格筋を動かす行動として出力される。

  • 入力:五感からの情報
  • 情報処理:脳
  • 出力:感情・思考→体の器官の働き・行動

この入力の段階で、嗅覚と他の4つの感覚に圧倒的な違いが生じる。
嗅覚だけが、ダイレクトに野生時代の名残である大脳辺縁系を刺激する。
大脳辺縁系は、動物的な本能や情動(感情)、潜在意識を司る脳だ。
好き/嫌い・快/不快・安全/危険などの本能的な判断を行っている。
人間が発達させた高度な理性や社会性を司る脳は、大脳新皮質だ。
他の4つの感覚は、主に大脳新皮質で統合され処理されるのに、嗅覚からの情報だけが、野生の脳と直結している。

  • 大脳辺縁系:動物的本能・情動(感情)・潜在意識
  • 大脳新皮質:思考・理性・社会的判断

サバイバルの為の脳機能

動物的本能とは、サバイバルと子孫繁栄のための本能だ。
つまり、

  • 闘争と逃走行動:外敵と戦う・外敵から逃げる
  • 摂食行動:生存のために最適で安全なエサをえる
  • 生殖行動:子孫繁栄のため良い異性と生殖する

野生動物が嗅覚情報を通じて、これらの行動の判断をしていた名残が、人間にも残っている。野生ではないので、外敵は襲い掛かるライオンではないが、私たちは日々、嫌な人・モノ・状況と戦ったり、回避したりしている。いわゆるストレスだが、ストレスとは、野生動物にとっての天敵だ

危機か安全かが自律神経を支配する

今が、危機的な状況か、安全な状況か
これは野生動物にとって生存のために何より重要な判断だが、人間も外敵をストレスに置き換えて、日々この判断を気づかずに行っている。
これが、視床下部という中枢を通して、自律神経戦いモードかリラックスモードかに切り替える。

  • 危機:戦いモード:交感神経スイッチオン
  • 安全:リラックスモード:副交感スイッチオン

自律神経は、内臓や内分泌、免疫系にも影響を与えて、器官全体が、危機か安全かによって働きを変えている。

危機的状況であれば、優先事項は、戦うか逃げるか
起きろ!悠長に草を食んだり、おしっこをしたり、生殖したり、寝たりしている場合ではない。
走れ!戦え!と、血液は、骨格筋に優先的に運ばれ、筋肉は緊張する。関係ない消化器系や泌尿器系、また生殖や睡眠に関わるホルモンは抑制される。
だから、人間も慢性的にストレスがかかると、消化器系の不調や性欲減退、不眠、筋肉のコリなどに悩まされることになる

一方で、安全な状況では、ゆっくりと食事をしたり、眠ったり、生殖活動ができる訳だ。
筋肉は緩み、消化器系や泌尿器系、生殖器系が十分に働き、生殖や睡眠に関わるホルモンもしっかりと分泌される。

ナゼクサ先生
現代人が悩む慢性症状は、まさに、野生脳がストレス=危機と判断して、交感神経にスイッチが入って戦いモードになっているからに他ならないの。

24時間戦えませ〜ん。でも、毎日ストレスがかかってるから、交感神経にスイッチが入りっぱなしになっているのかも。

アロマセラピーは、大脳辺縁系をダイレクトに刺激する嗅覚を使って、自律神経に働きかけている。それだけでなく、「快」として感じることができる自分の好みの香りであれば、天然の精油ではなく香料であっても、人のニオイであっても、リラックスをもたらすことができる。

嗅覚と大脳辺縁系

ニオイが大脳辺縁系に伝わる仕組みを見てみよう。

  1. まず、ニオイは、揮発性の分子として鼻に吸い込まれる。
    そして、嗅毛(きゅうもう)というホウキのような嗅神経の先っぽにキャッチされる。
  2. その電気刺激が嗅球(図①)に伝わり、ニオイが感知され、まず大脳辺縁系にインプットされる。

ニオイが刺激する大脳辺縁系

  • 扁桃体(図②)
    情動(感情)の中枢、快不快や好き嫌い、安全危険の判断をする
    性行動や攻撃性にも関与する
  • 海馬(図③)
    短期記憶の保管庫
    扁桃体と密に連絡し、記憶と情報を即座に照らし合わせる
  • 帯状回(図④)
    扁桃体からの情動など大脳辺縁系からの情報を統合し、処理し、意思決定や共感、潜在的な記憶に関与している。

ニオイ刺激によって、蓋をしていた記憶が蘇ることをプルースト効果というが、大脳辺縁系の一連の働きのためである。
情動や潜在意識に応じて反応する自律神経やホルモンの中枢・視床下部(図⑥)は大脳辺縁系のさらに奥の脳幹の一部だ。
嗅覚の刺激は、大脳新皮質の前頭前野(図④)にも伝わり、理性的にも処理をされる。
嗅覚はまず、大脳辺縁系に入るから、すぐに動物的な欲望を駆り立てるが、最終的には人は理性的にそれを抑制することができる。

そうじゃないと、危なくって街を歩けないわね。

不快や嫌いは「危険」のサイン

大脳辺縁系は、安全か危険かだけでなく、快か不快か好きか嫌いかの判断も瞬時に行っている。
これらも、自律神経に直結し、戦いモードかリラックスモードかのスイッチに関わっている。

  • 快・好き=安全=リラックスモード
  • 不快・嫌い=危険=戦いモード

だから、快と感じる好きなニオイは、人をリラックスさせ、不快なニオイは、「危険」と感じさせ、人を緊張させる。
人間の体臭の快・不快や好き嫌いも同じだ。
誰かに不快臭を感じさせると、本能的に「危険」な存在と認定され、ストレスを与えてしまう

快や好きは「ママ」の愛

大脳辺縁系の一連の反応は、まだ赤ちゃんの頃、母親の乳房を弄り、母乳と共に母のニオイを嗅いだ時代に大いに育まれる。
まだ目が見えない赤ちゃんは、お母さんの乳輪から発するニオイを頼りにおっぱいを探り当て、母乳と共に母親のニオイを嗅ぎ、快さと安心感を得ている。
これは、大脳辺縁系を中心に走る感情を司るニューロンA10神経(エーテン神経)と大いに関係する。
A10神経は、快楽ややる気を司る神経伝達物質・ドーパミンの分泌や、恋する脳内麻薬・エンドルフィン母性や愛着を司るオキシトシンの分泌に関わっている。
赤ちゃんの頃に十分に母親に抱かれて、この神経回路が十分にバランスよく発達すると、適切なやる気や愛着を持ち、適切な欲求のコントロールができ、安定した情緒を持って成長ができる。
それが不十分な場合、極度に快楽を欲しがる依存症愛着や愛情の障害を持ちやすく、不安定な情緒に大人になっても苦しめられることがある。
乳児期の記憶は、あまりにも潜在意識の奥底にあるため、普段は思い出せないが、人のアイデンティティの根幹を形成し、大人になってからの人の人生にも大いに関わっている。

余談だが、このA10神経エヴァンゲリオンファンであれば、エヴァのパイロットとエヴァンゲリオンは、この神経を通じて接続し、シンクロすることを思い出すかも知れない。
エヴァンゲリオンは、様々な学問に裏打ちされた秀逸なアニメだが、特に小児の発達心理、ことさら母親と子供の愛着と心理について良い教材になる。
主人公碇シンジくんは、母親を亡くしい愛着障害を抱えた少年だが、実はその彼が乗るエヴァンゲリオン初号機には、母親・碇ユイが取り込まれおり、A10神経を通じてエヴァとシンクロすることは、まさに母親と繋がることを示唆している。
訓練なしに、高いシンクロ率でA10神経を通じてエヴァを操縦できるのも、母親と繋がり直す作業だと思えば、頷ける。

ナゼクサ先生
エヴァファンじゃない方には、ごめんなさいね。これは、ちょっと趣味なの。

ニオイは恋のスパイスで愛の源

A10神経は、視床下部から発し、大脳辺縁系にて海馬扁桃体を貫き、大脳新皮質の前頭連合野(高度な精神活動を行う)や側頭葉(言語や記憶、聴覚の中枢)へと走っている。

実は、A10神経は、走行過程で嗅球も通過している。快いニオイは、この回路によって快楽を刺激することができるし、オキシトシンの分泌を通じて、愛着の満足からの安心感、愛情を感じることもできる。
ニオイは、動物的な欲望を刺激し、恋のスパイスになるだけでなく、深い愛情にも関連する興味深い感覚なのだ

その人に本来備わる体臭は、その人の個性であり、相性の良い異性を呼び寄せる甘い罠としても使える。
生物学的にも、別に無臭化する必要はない。
不健康の現れとしての悪臭を改善し、本来のニオイに戻すことを提案していきたい。

ナゼクサ先生
嗅覚って、本当に語れば尽きないわね。
私は、臭いニオイでも良いニオイでも、とにかく何でも嗅ぎたい方。あ、つい、桃色になっちゃった。うふふ。

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ナゼクサ先生
人をりんごの樹のシステムとして考えてみると、体臭はりんごの実や花の芳香。では、大切な根っこはどこかしら。

 

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